
ハリウッドで様々な英雄像を演じてきたクリント・イーストウッドが今度は監督として、英雄とは何かを問うた「父親たちの星条旗」がいよいよ公開される(日本公開10月28日)。これはアメリカ側から見た硫黄島で、ほぼ1カ月後には日本側から見た硫黄島をテーマにした同監督の映画「硫黄島からの手紙」も公開される。ふたつの視点でふたつの国から見た硫黄島を描いたふたつの映画。イーストウッド監督の新しい試みだ。
テーマは戦争における英雄のあり方だ。同じようなテーマで「ラスト・サムライ」や「男たちの大和」にもある意味双方の国民に問いかけるものがあった。
今回はそれ以上に、クリント・イーストウッド監督が二つの映画で日米国民になにを訴えたかったのか非常に興味深いものがある。
【硫黄島の記憶】

10月23日号のタイム誌に「父親たちの星条旗」とイーストウッド監督について二つの記事が掲載されている。
"ON DUTY, HONOR AND CELEBRITY"(Page.48)
"THE BURDEN OF HEROES"(Page 44-47)
イーストウッド監督がこの壮大な実験に取り組むことになったきっかけは、硫黄島のすり鉢山に星条旗を掲げる6人の兵隊達を写したひとつの写真だ。それは多くのアメリカ人が知るアーリントン墓地の硫黄島記念碑にもなっており、あまりにも象徴的にアメリカという国家の威信を訴えかけている。国家に命をささげた英霊に対する敬意でもあろうし、国家の誇りでもあるのだろう。
しかし、当時この写真は厭戦気分が広がりつつあったアメリカの戦時国債を国民に買ってもらうためのプロパガンダに利用されたのだ。言わばその目的のために別の場所で星条旗を掲げた写真を撮った6人のうち3人が生き残り、母国での国家の宣伝活動に利用されたのだ。そして3人は苦悩の中でそれぞれの道を歩む。映画はその作られた英雄、プロパガンダと化した英雄像を鋭く抉るのだ。
The movie is about the real theater of war: how a battle campaign morphed into a p.r. campaign and, implicitly, how later generations of politicians have used symbols to sell a war.
【現代の戦争】
イーストウッド監督が言うように、第一次世界大戦までは敵味方を尊重する規範のようなものが未だ存在していた。誰もが勇敢だと感じる英雄像があったのだ。しかし、現代の戦争では英雄そのものが変質してしまった。いや、なくなったといってもいいのかもしれない。
イラク戦争に従軍する米軍兵士たちにかつての英雄の姿はない。あったとしてもそれは監督が何度か演じてきたような狂気の英雄たちがいるだけだ。
それでも多くのアメリカ人は未だに英雄が再び出てくることを望んでいる。本当にそれでいいのだろうか?第二次大戦後61年目、かつての少年兵も70歳以上となり証言さえも聞けなくなっていく今こそ英雄とは何かを真剣に問いかけておくことはアメリカ人にとっても日本人にとっても重要なことだと思うがどうだろうか?
★最後まで読んでくれてありがとう。いい記事だと思われたら、ポチッとひと押しお願いします。
FC2 Blog Ranking
【追記】
もうこの記事を書いてうずうずしてきたので、映画の原作本「硫黄島の星条旗」(ジェームズ・ブラッドリー著、文春文庫版)をさっそく買ってきました。封切り前までに読むぞ〜。






